ひょいっと一歩、踏み出すブログ

底辺スカベンジャーM.D.研究者

ノロウイルスにみるユーザーの扇動方法

ノロウイルスとばっちりでカキ急落
http://www.nikkansports.com/general/p-gn-tp0-20061218-131881.html


確かにノロウイルスは生物学的濃縮を経てカキなどの二枚貝に蓄積するが…ホントにカキが原因なの?感染例の多くは不適切な処理及びヒト−ヒト糞口感染なんじゃないのか?
国家試験的には「忘年会で生カキを食べたら3日後に嘔吐、水様下痢、発熱で発症」が典型エピソードだけれど(キーワードは冬、カキなどの二枚貝、摂取後48〜72時間後、消化器症状で発症)、ここでいう「生カキ」っていうのはいわゆる「生食用カキ」ではなく「加熱が不十分な過熱加工用カキ」である。そして生食用カキを出荷している業者には食品衛生法第十一条第一項に基づいて規格基準が決められており、適合したものだけが生食用として出荷されそれ以外は過熱加工用とされる。

食品衛生法第十一条第一項
厚生労働大臣は、公衆衛生の見地から、薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて販売の用に供する食品若しくは添加物の製造、加工、使用、調理若しくは保存の方法につき基準を定め、又は販売の用に供する食品若しくは添加物の成分につき規格を定めることができる。
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S22/S22HO233.html


同第二項では前項によって定められた基準に達しない食品の扱いを禁じており、違反した場合には第七十二条において懲役二年以下、もしくは二百万円以下の罰金が定められている。また保健所による行政指導と言うのは「業務停止命令」を始め相当に重い。普通の業者は基準を偽って出荷でもして食中毒*1なぞ惹き起こしてしまうことのリスクを考えたら、安易な偽装表示はできない。


だから今回の騒動は、電池パックの破裂やガス湯沸かし器一酸化炭素中毒のようなメーカー側のミスではなく、ユーザー側のミス、即ち過熱加工用カキの不十分な過熱や感染者に対する不適切な処理によるところが大きい。現状は、ユーザーが自分で電池を火の中に放り込んでバクハツさせておいて「こんな危険なものを売るな」とメーカーに文句を言っているようなものだ。


また、そもそも「本当にノロウイルスが増えているのか?」と言うことにも疑問の余地はある。


医師は食中毒を診断したら直ちに最寄の保健所に届ける義務がある(第五十八条)。そのため、消化器症状で外来受診した患者が感染性胃腸炎なのか*2、そしてそれが食中毒によるものなのかを診断する必要がある。感染性胃腸炎感染症法で五類感染症に指定されており定点報告*3が定められていて、毎年およそ100万人弱の報告がある。そして食中毒として報告される例はここ40年ほぼ横這いでだいたい3万人程度である。(100万人の感染性胃腸炎のうち3万人が食中毒?3%もいるの?というのは大きな誤解で、100万人という数字はあくまでも定点病院における患者だけ)
概ね食中毒と言うものはエピソードが決まっているもので、例えば事件数として最も多いカンピロバクターは「牧場で生乳を飲んだら、または生焼けの鶏肉を食べたら3日後に*4」というものが典型だし、夏に流行ることで有名なサルモネラなら「生焼けの鶏肉と生卵」等等……よって問診や似たような患者が多く来ることにより怪しいと踏めることが多い。とはいえ確定診断のためにはウイルス学的な検査が必要で、果たして病原体がわかったところで治療方針*5に大差のない感染性胃腸炎に対して確定診断を下すことに本当に意味があるのか、甚だ疑問の余地は残る(もちろん食中毒を疑った場合は報告の義務があるため検査は必要だが、散発例or続発例に対しては不要)。それが、検査技術の向上と市民レベルでの知識の浸透で「今までは診断がつかないまま治療されていた例が検出、報告されるようになった」のではないだろうか。


もっと言うならば、食中毒とは「食品中に病原微生物や有害物質が含まれていたことに起因する急性胃腸障害」とされるため厳密には二次感染しないが、例えば老人や小児になど免疫力の弱い集団に対して食中毒による一次感染者から糞口感染で二次的に発症する事はありえる。しかし、この二次感染は食中毒ではなくただの二次的な集団感染である。ノロウイルスによる食中毒は一件多発型(事件数は全体の20%ほどだが、患者数は50%近い)であるが、これもどこまで本当の食中毒なのかは誰にもわからない。


結局はマスコミによる中途半端な意識啓蒙によって「カキ怖い、ノロウイルス怖い」となっているだけのような気もする。ここまで来たら、いっそのこと柳沢厚生労働大臣にはO-157カイワレダイコン時の管氏の如く、生カキを食べるパフォーマンスをしてもらいたいものだ。それで、みんな安心するから。あ、同様にビル・ゲイツにも、丸腰のWindowsVistaを使って「一週間外部から一切の不正アクセスを受けませんでした!」っていう実験やって欲しいなぁw*6


ちなみに、厚生労働省は「生カキを食べるな」とは一言も書いておりません。
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2006/12/h1208-1.html

*1:厳密に言えば食中毒と言う言葉は行政用語で、「中毒は感染しない」という医学の原則からは外れる用語。だって、例えばアルコール中毒やニコチン中毒が感染したら大変な事です。

*2:感染性胃腸炎の原因は細菌、ウイルス、微生物など多岐に渡る

*3:感染症発生動向調査で指定された特定の病院で患者が発生した場合のみ届出が行われる

*4:カンピロバクターは家畜の常在菌

*5:輸液を中心とした対症療法が中心

*6:こういう発想が日本的な集団行動の大元なんだろうなぁ